メルセデスはなぜスウォッチとスマートを作ったのか、日本のメディアには表層的な情報しか無かったですが、欧州メディアを調べてみた。
スマートが生まれた本当の理由
1) スウォッチ創業者・ニコラス・ハイエックの「スマートモビリティ」構想
スウォッチ(Swatch)創業者のニコラス・ハイエックは、自社の時計が成功した背景にあるシンプル設計・低価格・ファッション性・個人の自由な選択性を、自動車にも持ち込みたいと考えていました。
📌 時計のように気軽に所有し、色や形を変えて楽しめる「車」を作るという発想です。
※これは単なるミニカーではなく、「既存の自動車産業が見落としている潜在市場」を狙ったものだったといわれています。
ハイエックは当初この「Swatchmobile(スウォッチモービル)」を電気自動車/ハイブリッドで実現しようとし、モーターを車輪に直結した独自設計や、スウォッチらしいカラフルなボディパネルを自由に取り替えられる構想まで描いていました。
2) なぜメルセデスと組んだのか?
スウォッチは自動車産業の経験も販売ネットワークも持っていませんでした。そのため独自で世界展開するのはコスト・リスクが極めて高いと判断して、パートナー探しを進めます。
まずはフォルクスワーゲンと協力しますが、VWは自社の低燃費車(Lupoなど)を優先し、計画は頓挫しました。
その後、当時のダイムラー・ベンツ(現在のメルセデスグループ)が持つ開発力・安全基準・ブランド力が合致したため、1994年に共同出資でMicro Compact Car(MCC)が設立されます。
→ **スウォッチ49%、ダイムラー51%**という比率でスタートしました。
ここが重要です:
👉 スウォッチのデザイン哲学やマーケティング感覚と
👉 メルセデスの自動車工学・安全基準・グローバルブランド
を掛け合わせようとしたのが、このプロジェクトの出発点でした。
3) 「スマート」という名前の意味
名前の由来は “S”watch + “M”ercedes + “ART”。単なるネーミングではなく、
「ファッション(Swatch)× 技術(Mercedes)× アート/新しい価値観」
という意味合いを込めて付けられています。
この名称自体が、既存の車の価値観(高馬力や大きさ)ではなく、“新しい都市移動”を提示する試みだったという意味の象徴でもあります。
🤝 なぜスウォッチは途中で離れたのか?
日本のメディアではあまり語られませんが、欧州では次のような理由がよく指摘されています:
✔ 設計思想の違い
ハイエックの理想は「電気/ハイブリッド×軽量×プラスチック多用」という方向でしたが、メルセデス側は安全基準・構造強度・量産性を最重要視し、最終的にガソリン車ベースで進めました。このミスマッチが生じたのです。
✔ 経営・コントロールの問題
メルセデスの工学基準を満たすためにプロジェクトがどんどん「自動車会社的」に進化し、スウォッチ側の影響力が弱まっていきました。販売戦略もメルセデス側主導となり、結局ハイエックは自分のビジョンと異なる方向だと判断して撤退します。
🧠 そもそもなぜ「スマート」を作ろうとしたのか?(戦略背景)
欧州では1970〜90年代に都市化と交通渋滞・環境問題が深刻になっていました。そのため自動車メーカー各社は「コンパクトカー」の必要性を感じつつも、実用性と安全性の両立が難しく手を付けられないでいました。
そこにハイエックの理想と合致する発想が出てきたことで、「都市移動の価値観を変える車」というマーケティング的挑戦と、若年・都市住民を取り込むブランド戦略という狙いがMCCプロジェクトに組み込まれることになったのです。
📌 まとめ(表層論と深層論)
| 観点 | 日本メディアでよく出る話 | 欧州系(深い) |
|---|---|---|
| プロジェクトの始まり | スウォッチとメルセデスがコンパクトカーを作った | スウォッチ創業者のモビリティ革命構想とメルセデスの市場戦略の融合 |
| 名前の意味 | 単に略語 | 「ファッション×技術×アート」の価値提案 |
| スウォッチの役割 | 初期投資・デザイン | 製造・ビジョン主導から離脱までの軌跡、戦略的不一致 |
| 戦略 | 小型車投入 | 都市交通/環境対応、ブランド拡張、若年層取り込み |
📚 参考情報(ドイツ語系含む)
- スウォッチ発案のミニ電気車としての理想と、その後の方向性の決定過程に関する解説(独語記事)
- ハイエック自身が自分のビジョンと最終製品が違ったため撤退した経緯(SRF/Swiss media)
- 名前やプロジェクト初期の構想に関する詳細(両言語歴史解説)